movingman

先輩と呼んでいた男の人がいた。

なんとなく川沿いに佇み、私はその人を年上だろうと思い、勝手に先輩と呼んでいた。

もちろん敬語である。

夕方、先輩は今日もいる。

「先輩、今日もおられたんですね」

「彼女に用事があるようだから、暇でここに来た」

「先輩、彼女おられたんですか?」

「いるよ、2つ下」

先輩のことは何も知らない。

お互いのことは聞かないし言わない。

唐突に先輩は、「君には言っていなかったけども、近いうちにここを出るんだ」と言って、側にある石ころを投げた。

石は綺麗な放物線を描いた。

何かのスポーツをやっていただろう、投げ方だった。

「そうなんですか…寂しくなります」

先輩はふっと笑って、「私のことはすぐに忘れるよ、君も恋をして、きっと」

そして、彼女を見たことはないけれど、先輩はきっと、石ころを放物線を描いて投げるように優しく、彼女の髪の毛を優しく撫でるのだろう。

「彼女とは別れます」

えっ、と思いの外、声が大きくなった。

私の考えてたことを読まれたんじゃないかと思った。

先輩はふふと笑っていた。

そして、少し会話をして、帰宅した。

その時、私は、KICK THE CAN CREWのmovingmanをよく聴いていた。

今思えば、先輩も一人暮らし始めて、この歌詞のようになってたかもしれない。

あの時間は不思議な時間だった。

自分が何者かも名乗らずに。

先輩はそれから姿を見せなかった。